山梨の民謡詩  琴 路 峠

       作詩 竹内秀秋  作曲 古谷 宏

  琴・十七弦演奏 雨宮洋子 語り 奥脇洋子

               語り② 辻由梨子

 

昔、 南アルプスの麓、山深い奈良田部落に吾平という若い曲物職人がおりました。曲物職人とは木の皮を

用いて「べんとう箱」や「ふるい」などをつくる人たちで、秋の収穫が終わると、毎年この奈
良田から出稼

ぎをする習慣がありました。

 

ある年も早川入りをくだって、それぞれの村をめぐり、曲げ物仕事をしながら保部落に十日ほど滞在した

は、もう春が近いころー。 そこで琴路という美しい娘と吾平は、いつしらず愛するようになりました。

でも寝雪がとけて春がきて四月―奈良田も焼き畑農がはじまると、吾平は別れを惜しんで帰ってゆきました。 

あれから、吾平は奈良田に戻ったまま春の日は早く暮れた
、小さな部落は 峰を走る雲だけが赤く染まって

いた。
琴路は想いをはせ別当峠に立ったが月の出の峠は悲しかった。「吾平さん 吾平さんー」恋の叫びは

なぜかむなしかった。
月の無い闇夜は松明を頭に 腰にはタホ(布の名)を入れた籠をさげ 糸をつむぎな

がらの六里の道は
はるか遠かった。


あれが吾平のお蔵あたり あれが吾平の麦つく灯り 「吾平さん 吾平さん」胸深くゆする 恋の風は裂け

つけるか 白根の山肌に砕けて散った

今夜も峠の上に 灯りが見えるのに 琴路と逢えない なぜだ? 村の掟は破れない『他所者と祝言するで

ねえだ』 村人がさわぎ 父親が怒る この村はこの村だけのものだ なぜだ!
村の掟があるからだ 奈良

田の草も木も おれたちの血だ いのちだ 『他所者は追いかえせ』
村人がさわぎ父親が怒る。

吾平は峠の上をみつめて泣いた 琴路の姿を浮かべて泣いた そして 吾平はそっと 手にもぎとった草笛

を吹いた 恋の想いが届けと吹いた

      
       
花は咲いても 奈良田は哀し 村の掟に散るばかり 恋の逢瀬は 散るばかり


それは悲しい嘆きの草笛だった 吾平は狂ったとうとう狂った 村の掟にさからった
風が吹き雨まじり

の奈良田 荒涼とした嵐の夜 早川も濁流となって荒れていた

橋桁の丸太の一本をはずした 琴路を殺して吾平も死ぬ、それは愛のひとつ琴路を満たす愛の形 嵐のよう

な 二人の幻想
ちぎれとぶその涙 地に落とすその影 それはゆらめく生の残り火その時 奈良田のふし

ぎな 二羽のカラスが 峠の上で鳴いた 峠の上で鳴いた。



一瞬 丸太は崩れ 琴路は死んだ 黒髪が乱れて谷底に消えた 十九歳のはなびらだった
やがて悲しみの川

底を 吾平も流れて死んだ。

恋のため身を捧げ 二十五歳の生命を終えた 人は死んだら濁り水になると だれかいった月日は去って今

吾平と琴路は 寒い日の押し競遊びのように
だんだん小さくかたまって 野ずらの片すみに押し込められい

まはもいう気づく人もいない
一つの小さな供養塔となった

吾平と琴路のその後は 奈良田の掟もなくなり、誰彼となく結婚できるようになったという、そして、別当

峠はいつしか、琴路峠と呼ばれ、琴路の落ちた崖を「琴路のがれ」と語り伝えら
れています。

①奥脇洋子

②辻由梨子