雪の谷戸城

作詞 沢登初義 作曲 古谷 宏

昭和47年

唄 春日八郎

1、 やつは白銀 ふもとは黄金
  祖霊は清和 甲斐源氏
  富士を仰いで 国拓く
  殿は源家の清光公
  鳩が飛ぶ飛ぶ 谷戸の城
  ああ 鳩が飛ぶ 谷戸の城


2、やつのかがり火 泉に映えて

  守りはかたし 甲斐信濃
  戸毎に語る 雪見酒
  腕なで上げて 更ける夜の
 
月に照る照る 谷戸の城
   ああ 月に照る 谷戸の城

3、やつにとどろく出陣太鼓
  あがるのろしに 蹄を立てる
  駒は名におう 甲斐の駒
  いざ鎌倉と 吹く風に
  旗が鳴る鳴る 谷戸の城
  
ああ、旗が鳴る 谷戸の城
谷戸城は甲斐源氏の祖新羅三郎義光の孫逸見黒源太清光の居城で、当時逸見山の館と呼ばれた。清光は長男光長を逸見の庄に、二男信義を武田の庄に配したのをはじめとし、十余人の男子を甲斐の要地に拠らせて甲斐源氏繁栄のもとを開いたが、東鑑の治承4(1180)年9月の記事に、武田太郎信義らが信濃の平氏に勝って帰り、逸見山に宿した、とあるのがすなわちこの城である。
谷戸城は八ヶ岳山麓の天険を利用して築いた山城で、遠望した山の形が茶臼に似ているので、一名を茶臼山城という。城のふもとには東衣川、西衣川が流れ、堀の役をしていた。
城の本丸は周囲に土塁をめぐらしたほぼ1000平方メートルの平坦地で、二の丸、三の丸とも塁壕(からぼり)をのこしている。我が国平安末〜鎌倉初期の城跡としてまことに貴重である.

清光は、仁安3(1168)年6月この城で没した。享年59。本丸の八幡宮に清光の霊を合祀して開源明神といっている。
武田信義をはじめ甲斐源氏一族は、世に有名な源平合戦のきっかけとなる「以仁王の令旨」に呼応して、谷戸城において平家追討を決議。富士川の合戦での圧倒的な勝利を皮切りとして、源頼朝義経とともに華々しい戦果をあげ、鎌倉幕府創設の原動力となり、天下に名をとどろかした。ついには甲斐源氏は甲斐駿河遠江の三国を領有した。しかし信義らは、権力独占を目指す頼朝の謀略により憤死し、歴史の舞台から消えた。

ちなみに武田信義の16代目の後裔が晴信(信玄)である。

永田氏をはさんで、左から堂珍、杏里、布施、永田、石川、鈴木、松浦【拡大】

 布施明、石川さゆり、杏里、鈴木雅之、松浦亜弥、堂珍嘉邦(CHEMISTRY)の6人が、年代やジャンルを超えたコーラス・ユニット「コーラスジャパン」を結成。4日に都内でお披露目会見があり、CM曲「根の歌」を披露した。

 これは、日本たばこ産業(JT)がこの日、発売10周年を迎えた缶コーヒーのルーツから新発売した、「アロマインパクト」シリーズのCMのために結成された豪華ユニット。