山縣大弐
『山縣大弐』は、政治というものは、常に人々の幸せを心から願う者が行わなければならない、という考え方をもっていました。
 それは、小さくは市・町・村、大きくは国家・世界を誰がおさめようと真に万民のしあわせを希求する為政者でなければならないという事で、単に権力者のたらい回し、体制派から反体制派へという権力の移行、イデオロギーの変革だけでは、人々の幸せはありえないとといているのです。
 これを実現するためには、百、二百年それ以上にも及ぶ、長期的な展望をもって、命はもちろん、その志を継ぐ者にまで、命を捧げなければならないと説いています。
これが江戸幕府への謀反とされ歴史に刻まれる『明和事件』へ発展してゆきます
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山縣神社正面

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ゆかしく薫れ花ききょう

山縣大弐先生敬
仰のうた

作詩 米山愛紫 作・編曲 杉本一夫
 
昭和47年

唄 望月吾郎・東 重子

1 秀麗の地に偉人出ず
  紫匂う甲斐が嶺や
  釜水の声に磨かれて
  勤皇赤誠ひとすじに
  天下にその名とどろきし
  大弐先生仰ぎ称えん
  
2 柳子新論繙けば
  なりわい士、農、工、商は
  人の尊卑にかかわらず
  おのおの人の平等と
  自由は断固犯し得ず
  民主思想を儼と貫く
  
3 すべての人の幸せは
  幕政などかなし得べき
  王政こそは安民の
  唯一無二の大道と
  幕府が下の大江戸に
  生命賭しての叫び火を噴く


4 さわあれ酸しいつの代も
  迷妄無知の司あり
  大弐先生とらわれて
  非命の最期遂げたれど
  ゆかしく薫れ花桔梗
  この諦観に人よ哭け哭け


 曇るとも何か恨みん月こよひ
   はれを待つべき身にしあらねば