やっこら節
   
       
作詞 小林一雄  作曲 水野廉太郎
              
         唄 関口典代
          
1ハア〜 コーラコラコラ
 神無月には 思い出す
 ハ〜コリャショー
 熊野権現 お詣りに
 ハア〜ヤッコラコーラヤッコラサー
 武田ゆかりの 守り神
 ハ〜コーラコーラヤッコラサー


2ハア〜 コーラコラコラ
 音頭とるのは 大奴
 ハ〜コリャショー
 調子合わせる 子奴よ
 ハア〜ヤッコラコーラヤッコラサー
 おいで祭りに 里がえり
 ハ〜コーラコーラヤッコラサー


3ハア〜 コーラコラコラ
 奴どこゆく ひと踊り
 ハ〜コリャショー
 あばれ神輿は そこだいな
 ハア〜ヤッコラコーラヤッコラサー
 笛に太鼓の 秋祭り
 ハ〜コーラコーラヤッコラサー


4ハア〜 コーラコラコラ
 甲州ぶどうが 色づいた
 ハ〜コリャショー
 今年しゃ豊年 万作じゃ
 ハア〜ヤッコラコーラヤッコラサー
 おれとおまえは いつ実る
 ハ〜コーラコーラヤッコラサー


5ハア〜 コーラコラコラ
 奴鈴なり 法光寺
 ハ〜コリャショー
 可愛いあの娘が 手縫いした
 ハア〜ヤッコラコーラヤッコラサー
 早よう添いたい 神だのみ
 ハ〜コーラコーラヤッコラサー
 

熊野権現やっこら節の由来
甲斐の国塩山熊野の郷に奇襲熊野権現の分神を祀る
熊野神社画ある。この権現様は四郡(熊野・山村・西広
門田・西野原の各村)の氏子により、延命延寿、五穀豊
穣の神様として崇敬され、武田時代に信玄公が禁制書
を奉賀したと伝えられる。この時代(1588・永禄2年)か
ら武田菱の武田菱の紋章を神社の象徴とし、なお勝頼
が新府城から岩殿城へ逃れるとき、すでに織田方は御
坂路から北上進行しつつあり、裏路を大善寺に向かう途
中熊野神社に夫人と共に最後の祈願をしたと云う、歴史
上の裏話の伝承がある。
 この熊野神社の例祭は、大名行列の古式ゆかしい祀
りで有名である。その起こりは平清盛が紀州熊野権現
に祈願参拝の折り、笛・太鼓・鼓・山車・・旗印・鐘棒引
それに警護の大奴・子奴を従えた行列を真似たもので
あると云われる。

 この祭りは甲州五大奇祭の「やっこら踊り」がある。
やっこらの伝説はイザナギ命が奇襲熊野山に登った時
、那智の滝を見付けたが、熊の出現で身を潜めていると
付近から、熊や猿が集まってススキや石をもって踊りだ
しその後この踊りは熊野曼陀羅の絵となって本宮は熊
野だ権現となった。やっこらおどりはこの伝説から始まっ
た。