七里ガ浜哀歌

作詩 三角錫子 作曲 ゴードン

明治43年
  
  唄 ペギー葉山
   首藤 隆

1 真白き富士の峰 緑の江ノ島
  仰ぎ見るも 今は涙
  帰らぬ十二の 雄々しきみたまに
  捧げまつる 胸と心


2 ボートは沈みぬ 千尋の海原
  風も浪も 小さき腕に
  力もつきはて 呼ぶ名は父母
  恨は深し 七里が浜辺
 
3 み雪は咽びぬ 風さえ騒ぎて
  月も星も 影をひそめ
  みたまよ何処に 迷いておわすか
  帰れ早く 母の胸に

 4 みそらにかがやく 朝日のみ光り
   暗(やみ)にしずむ 親の心
   黄金も宝も 何しに集めん
   神よ早く 我も召せよ

 5 雲間に昇りし 昨日の月影
   今は見えぬ 人の姿
   悲しさ余りて 寝られぬ枕に
   響く波の おとも高し

 6 帰らぬ浪路に 友よぶ千鳥に
   我もこいし 失せし人よ
   尽きせぬ恨に 泣くねは共々
   今日もあすも 斯くてとわに


今から93年前の1910年(明治43年)の1月23日、鎌倉の沖で悲惨な事故が起きました。逗子開成中学の生徒12人が学校に内緒で、ボートの遠出をしようとして、途中の七里ヶ浜沖で転覆、全員が死亡しました。開成中学の合同葬儀で、近くの鎌倉女学校の生徒たちが歌ったのが「七里ヶ浜の哀歌」でした。作詞は当時鎌倉女学校の教師だった三角錫子。曲は文部省唱歌「夢の外」をそのまま借りたもので、作曲者はアメリカ人ゴードンです。その後、演歌師によって全国に広まり、女学生たちの愛唱歌になりました。

小学校の修学旅行が江ノ島・鎌倉でしたので修学旅行実施の前に小学校でよく練習させられました

ペギー葉山

首藤隆