甲州善光寺

作詞 澤登初義 作曲・編曲 古谷 宏
            
昭和57年

唄 大川錦吾

1 武田の史跡 訪ね来て
  仰ぐ甍の 武田菱
  川中島の 難さけて
  信玄公が 迎えたる
  ああ甲州の 甲州善光寺
 
2 戒壇廻り 鳴竜と
  拝す寺宝の数や数
  川中島の 陣太鼓
  守り続けて 四百年
  せめて枯れるな いつの日までも
  ああ甲州の 甲州善光寺
 

3 紫玉に香る 芭蕉の碑
  招く叱枳尼の 旗の波
  露座の大佛(オイナリサン
)水子堂
  富士に真向う 大伽藍
  ああ甲州の 甲州善光寺
    

武田信玄は、現在の長野において上杉謙信と川中島の戦いを行った際、信濃善光寺の焼失を恐れ、1558年(永禄元年))、御本尊善光寺如来をはじめ、諸仏寺宝類を本田善光葬送の旧跡とされる板垣の郷に奉遷したことに始まります。(今でも甲斐善光寺の北1kmほどの場所には本田善光の墓とされる「善光塚」があります。)信濃より大本願上人以下、一山をことごとくお迎えし、開山は信濃善光寺大本願三十七世の鏡空。その後の武田氏滅亡により、善光寺御本尊は織田・徳川・豊臣氏と受け 浄土宗甲州触頭として 金堂 山門 三重塔 鐘楼をはじめ本坊三院十五庵の大伽藍を有し 荘厳を極めていました。